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2012シーズン総括:実を結んだ「ふたつのチャレンジ」~その2 [湘南ベルマーレ2012]

 長年積み上げてきたものをベースに、曹貴裁監督が色を付けた戦術でチャレンジした2012年。ここにたどり着くまでには長い年月を必要としていた。今だからこそできる戦術を、ここで実践したわけだ。

 しかしもうひとつの『チャレンジ』は、とてつもなく大きなものだった。チームとしてのあり方が正しかったのかということはもちろん、さらにはJリーグは正しかったのかというところまで行き着いてしまう『チャレンジ』だった。

■「アカデミーの充実」という指針

 Jリーグは各クラブに対して、ユース、ジュニアユース、ジュニアの組織を持つことを義務付けている。そしてその下部組織から、トップチームに選手を輩出して行こうというのだ。湘南ベルマーレは、このアカデミーの充実という事に関しては、一切力を抜かずに取り組んできた。2012年には鎌田将雅、遠藤航、小林将太、菊池大介、猪狩佑貴の5選手がユースからの昇格組。馬場賢治はベルマーレ平塚ジュニアからジュニアユースを経て桐光学園、近畿大、そしてヴィッセル神戸でプロになった選手だ。他チームも見渡しても、特にJ2では、ここまで下部組織から昇格した選手がいないということが、力を抜いていない証拠だろう。しかしここまでの道のりは、並大抵なものではなかった。

 ベルマーレが経営危機を向かえ、2000年に湘南ベルマーレとなったときから、この下部組織への投資金額はかなりの額だった。J2で十分通用するような外国籍選手を、ふたりは雇えるほどの金額だ。このお金をトップチームの外国籍選手獲得にまわすことができれば、もっと早くJ1に到達できたかもしれない。しかしそうすれば、下部組織の環境は悪くなることは明白。チームは下部組織の弱体化はどうしても防ぎたかったのだ。
 もしも2000年に下部組織への投資金額を落としていたら、当時ジュニアだった鎌田はこのチームにはいなかっただろう。そして当然、他のユース昇格組もいなかったかもしれない。決して多くない予算から、下部組織へそれだけの金額を投資し続けたフロント陣には、先見の明があったのだ。

 しかし、大きな転機が訪れる。それは「クラブライセンス制度」だ。3期連続で赤字を計上すると、Jリーグからライセンスが発行されなくなってしまうのだ。そして2011年までの3年間、湘南は赤字だった。そこでJリーグから言われる言葉は「身の丈にあった経営をしようよ」ということだ。

 Jリーグはアカデミーを充実しろと言う。身の丈にあった経営をしろと言う。

 幸いにも湘南には、下部組織からトップに昇格した選手が数多くいる。しかもほとんどが年代別代表にまで名を連ねたことがある選手だ。アカデミーの充実に力を抜かなかったから今の選手たちがいる。身の丈にあった経営をするならば、下部組織への投資金額はそのままに、アカデミーから育った選手を主力として、トップの金額を削ればいい。
 本当にアカデミーに投資し続けていたことが正しかったのか。その答えを見るために、今季の選手構成になったのだ。そしてJリーグはアカデミーの保持をさせていることが正しいのか。その答えも出ることになるのだ。不穏な言い方をすれば、湘南フロント陣から、Jリーグへの挑戦と言っても過言ではないことだ。

 結果的にユース昇格組をはじめ、若い選手が躍動し、自動昇格を果たした。これまで投資してきたことは、決して無駄ではなかったのだ。そしてJリーグの指針も、決して間違いではなかった。
 湘南フロントは、長いスパンで下部組織を見ることができた。しかし挑戦はさらに続く。横浜Fマリノスや川崎フロンターレという強豪チームに負けない魅力を、J1で見せ付けなくてはいけない。それを見せられれば、下部組織へ入団したいという子供たちも増えてくるだろう。

 

俺たちの挑戦はこれからだ!(笑)

 


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YOSAKU

小林将太⇒古林将太です。
by YOSAKU (2013-03-12 14:27) 

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